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2003 物理化学及び演習 II [第3部] : 演習問題 1

[演習問題 1]   もりうち機構の反応速度定数 (Na + Cl, Na + Cl2)

  以下の反応、

Na + Cl NaCl           (R1)
Na + Cl2 NaCl + Cl     (R2)

は「もりうち機構」で進行する。 その概要を反応 (R1) の場合について図 1-1 に示す。

図 1-1. もりうち機構 (Harpoon Mechanism)

  共有結合性ポテンシャル (VCOV ) 上で Na と Cl を近づけると、 イオン結合性ポテンシャル (VION ) との交差点から先では VION の方が安定であるために、 ここからは VION 上を近づいていく。 交差点では Na が Cl に電子の「もり」を撃って Na+ と Cl- になり、静電力によって Cl- を引き寄せることから「もりうち機構」と呼ばれる。 Na と Cl がこの交差点以下の距離に近づけば反応がおこる。 単純なモデルでは、VCOV は一定、すなわち、

    (1-1)
と考えてよく、 VION はクーロン引力ポテンシャル (VCOULOMB ) で近似してよい。
    (1-2)
ここで IP は Na 原子のイオン化ポテンシャル (Na を Na+ + e にするために必要なエネルギー)、 EA は Cl 原子の電子親和力 (Cl + e が Cl- になって安定化するエネルギー) である。 0 は真空の誘電率、 e は電子の電荷である。

[問題 1-1]
  イオン結合性ポテンシャルと共有結合性ポテンシャルの 交差点における距離 rc の式を書け。 また、IP(Na) = 5.14 eV, EA(Cl) = 3.61 eV, EA(Cl2) = 2.54 eV を用いて、反応 (R1) および (R2) の場合の rc の値 [単位 ] を求めよ。
  *(注1) "eV" (エレクトロンボルト/電子ボルト) は電子1個を 1 V の電位差に逆らって移動するのに必要なエネルギーである (V = J C-1 である)。

  (R1) の反応速度は、 Na と Cl が距離 rc 以下に近づくような衝突が起こる頻度である。 今、 Na と Cl の相対並進運動を考えると、 反応性の衝突が起こる頻度 (反応速度) は、反応断面積、

    (1-3)

を持つ Na 原子が、 相対速度 で単位時間あたりに掃引する体積中にある Cl 原子の数である。

R (反応速度) = (単位時間の掃引体積) (Cl 濃度)     (1-4)

反応速度定数 k は、R を Cl 濃度で割ったものであるから、

k = (単位時間の掃引体積)     (1-5)

である。絶対温度 T における平均相対並進速度は、 マクスウェル−ボルツマン速度分布から、

    (1-6)

となる。 ここで、k B はボルツマン定数、 は2個の粒子の換算質量、

    (m 1, m 2 : 各粒子の質量)     (1-7)

である。

[問題 1-2]
  (1-5) 式の反応速度定数を、rc , , T   から評価する式を書け。 また (R1), (R2) の反応の、 反応断面積 [単位 : 2]、 298 K における反応速度定数 [単位 : cm3 molecule-1 s-1 (cm3 s-1)] を計算せよ。 原子の質量は、 m (Na) = 23.0 amu, m (Cl) = 35.0 amu を用いよ。また (R2) の反応速度定数の実測値 (298 K)、 6.7 10-10 cm3 s-1 と計算値を比較せよ。
  *(注1) 'amu' (atomic mass unit / 原子質量単位) は 12C の原子核の質量の 1/12 と定義される。アボガドロ数 NA は、 1モルの 12C の質量が正確に 12 g となるように定義されている。
  *(注2) 反応 (R2) の生成物は NaCl + Cl であるが、Na+ と Cl2- の引力部分のみが反応速度を決定しているため、 Na + Cl 同様に、入口部分の「もりうち機構」を考えるだけよい。