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2002 物理化学及び演習 II [第3部] : 演習問題 3

[演習問題 3]   分子の回転状態分布 (HCl)

図 3-1. HCl の赤外吸収スペクトル

  上の図は気体 HCl 分子の赤外吸収スペクトルである。この吸収は HCl 分子の振動遷移 (振動量子数 = 1 0) に対応するが、HCl 分子の回転状態による分裂が見られる。 回転速度によって、原子間距離が変化しないという近似 (剛体回転子近似) のもとでの回転運動の量子力学による解は以下のようになる。

回転エネルギー準位     ( J : 回転量子数 = 0, 1, 2, ...)     (3-1)
回転多重度       (3-2)

ここで回転定数 B は、エネルギーあるいは波数単位で書くと、

  (エネルギー単位),     (波数単位)     (3-3)

となる。 I  は慣性モーメントであり、2原子分子では

  ( : 換算質量、r : 核間距離)   (3-4)

となる。 P(J ) と書かれた吸収線 (P 枝) は振動基底状態 ( = 0) の回転量子数 J の状態から、 振動励起状態 ( = 1) の回転量子数が J - 1 の状態への吸収であり、 R(J ) と書かれた吸収線 (R 枝) は、振動基底状態の J から、 振動励起状態の J + 1 への吸収である。
  P 枝の回転線の強度, IP (J ) [または R 枝の回転線の強度, IR (J )] は、 吸収する状態の濃度、すなわち振動基底状態の回転状態の分布 (濃度) に比例する。絶対温度 T   における回転状態のボルツマン分布則から、

, または     (3-5)

となる。ここで、k B はボルツマン定数, a は比例定数である。(3-5) 式を変形すると、

, または     (3-6)

となる。従って、測定された回転線強度から計算された (3-6) 式の左辺を F (J ) に対してプロットすると、その傾きは - (1 / k BT ) を与える。 これをボルツマンプロットと呼ぶ。

[問題 1-3]
  P(J ) あるいは R(J ) の一連の回転線の強度の ボルツマンプロットから、この測定が行われた温度を推定せよ。 回転線の強度は表 3-1 の値を用いてよい。 回転定数には B = 10.4 cm-1 を用いよ。

  *波数単位 cm-1 はエネルギーと線形な単位であるために、 分光学では波長よりも、好んで使用される。 またしばしばエネルギーの単位としても使われる。 振動数 の光子1個のエネルギーは h 、 振動数 と波数 との関係は = c 0 (c 0 は真空中の光速) である。

<表 3-1. 観測された回転線の位置と吸収強度>
Line Position / cm-1
(H35Cl)
Intensity
(H35Cl)
Position / cm-1
(H37Cl)
R7 3030.09 0.0267 3027.79
R6 3014.42 0.0485 3012.13
R5 2998.05 0.0779 2995.79
R4 2981.00 0.1101 2978.76
R3 2963.29 0.1349 2961.07
R2 2944.91 0.1399 2942.72
R1 2925.90 0.1166 2923.73
R0 2906.25 0.0658 2904.11
P1 2865.10 0.0617 2863.02
P2 2843.63 0.1026 2841.58
P3 2821.57 0.1156 2819.56
P4 2798.94 0.1046 2796.97
P5 2775.76 0.0802 2773.83
P6 2752.04 0.0533 2750.14
P7 2727.78 0.0312 2725.92
P8 2703.01 0.0162 2701.19

*注 : 各回転線の横にある強度の小さいピークは H37Cl によるものである。 この問題ではこのピークは無視してよい。