Chemical Kinetics
私達の研究分野は、フリーラジカルの Chemical
Kinetics
[*]
と呼ばれます。
たとえば、以下の塩素原子によるオゾンの破壊反応
[1]
(詳細は
フリーラジカル のページを参照)
は、正味の反応でも、個々の反応 (1), (2)
のどちらかだけでも、1つの塩素原子が 10
4
個のオゾンを破壊するという、触媒的な挙動を説明することはできません。
Cl + O3 → ClO + O2 | (1) |
ClO + O → Cl + O2 | (2) |
O + O3 → 2 O2 (正味の反応) |
このように、対象とする現象 [ここの例ではオゾン層破壊] が、
どのような素過程から構成されているのか [ここでは反応 (1) と (2)]
を解明することが私達の研究です。
大気環境問題であれば、対応策を考えるために、
現象の正確な理解が必要であることは言うまでもありません。
また、高効率燃焼技術・低排出燃焼技術の開発や、
燃焼・爆発の安全性の評価などに、燃焼の化学反応の知識は不可欠です。
以下は最も化学的に簡単な燃料である水素の高温燃焼の、
主要な3つの反応素過程です。
H + O2 → OH + O | (3) |
O + H2 → OH + H | (4) |
OH + H2 → H2O + H | (5) |
2H2 + O2 → H2O + H + OH (正味の反応??) |
オゾン破壊の連鎖反応では、いったん連鎖担体 (連鎖反応を担う活性種,
オゾン破壊では Cl と ClO) ができると、その消滅と再生がバランスしているため、
正味の反応式からは連鎖担体が消えてなくなりましたが、
この水素燃焼の連鎖反応では、どのように足し合わせても、
反応式の右辺には連鎖担体 (H, O, OH) が残ります。
反応 (3) と (4) が、
1つの連鎖担体から2つの連鎖担体を生成する反応になっているためです。
このような連鎖反応は分岐連鎖反応と呼ばれますが、
水素などの燃料と酸素 (あるいは空気) が混ざった気体は、きっかけさえあれば、
自己増殖的に連鎖担体の濃度を増加して、
爆発に至るという性質の本質を表しています。
水素の燃焼であれば、この3つの反応を含めて、
20の素過程を考慮することで燃焼・爆発現象を記述することができますが、
炭素数の大きな炭化水素の燃焼では、莫大な数の素過程が必要となります。
例えばヘプタン (C
7H
16)
の燃焼では数千の素過程を考慮しなければなりません。
私達は、
反応機構を自動推定するソフトウェアツールの開発や、速度定数の規則性を、
量子化学計算から推定する手法などを通して、
このような大規模な反応系の信頼できる反応機構の構築を目指しています。
現在の研究課題
現在、私達が取り組んでいる研究課題のいくつかを、ご紹介します。
燃焼からの粒子状物質(すす)生成の反応過程
ディーゼルエンジンなどの内燃機関燃焼からの、
粒子状物質 (すす) や多環芳香族 (PAH) 発生を低減することは、
燃焼技術の重要な使命の一つになっています。
しかしながらすす生成の化学反応過程は複雑で未解明の問題が多いために、
化学反応モデルによる予測は困難で、
技術開発は経験的に行われているのが実状です。
私達は、すす生成の化学反応過程の鍵となる反応を抽出し、
実験的測定と量子化学計算を行い、
信頼できる化学反応モデルの構築を目指しています。
炭化水素の低温酸化機構
概ね 900 K 以下の炭化水素の燃焼酸化過程は,低温酸化機構と呼ばれる
反応機構に支配されていると考えられており,
燃料−空気混合気体の着火現象の理解のために重要です。
この反応機構はガソリンエンジンのノッキング現象の理解に
重要であるだけでなく,近年注目されているHCCI燃焼の制御・理解
に極めて重要です。
私達は,この低温酸化機構を理解し,そこで重要な役割を果たしている,
炭化水素ラジカル,ペルオキシラジカルの異性化過程などの直接測定と
量子化学計算から
反応速度論的な知見を得ることを目的として研究を行っています。
新規酸化剤の安全性評価のための反応機構構築
半導体産業では、従来、産業で用いられていなかった新たな種類の
酸化剤ガス (NF3, ClF3, ClF5 など) が
エッチングや洗浄のために用いられ始めていますが、これらが炭化水素と接触
した際の燃焼安全性の評価の基準が必要とされています。
私達は、主に量子化学計算により、これらの新規酸化剤と炭化水素の
反応機構を構築することを目指しています。